天皇陛下に対し日本国民は総意を結集して
「お詫びと感謝と誓い」を実行し
戦争の道義的責任を果たしましょう!

平成十一年二月二十八日、広島県下の高等学校長の自殺によって、一挙に「日の丸・君が代」問題が
全日本国民の重大な関心事として浮かび上がりました。

 同じ日本人同志でありながら、日の丸″国旗と君が代″国歌に反対する人が多数存在するという
他国に類がない日本のみに見られる不思議な現象が、終戦以来今日に至るも継続されています。

 

今回「日の丸、君が代」が日本国の「国旗・国歌」として法制化されて正式に認定されましたが、
依然として根強い反対があり、真の解決には程遠い状態です。

さて、ここで気づくべき重大事は「日の丸・君が代」問題が真に解決する方途を明示することが出来たら、
必然日本国民の意識を協力一致に導き、正しい祖国愛を湧き出させ、日本人としてのアイデンティティを
堅持したまことの国際人に昇華してゆき、新地球時代といわれる二十一世紀を生きるにふさわしい人間性を
つちかうことが可能になるということでございます。

反「日の丸・君が代」とはイコール反「天皇」であり、その反「天皇」は思想は、昭和天皇が
あの大東亜(太平洋)戦争の開戦を許したことにより、日本は敗戦を被り、国民三百万人、
海外の人達三千万人に及んだといわれる戦死者を出した悲惨な戦争の最高責任者であるということと、
天皇とは戦後の民主主義に反する差別の元凶であるということから発生しました。

 従って、この問題は「天皇の真実」が明かされ、「天皇への誤解」に目覚めれば容易に解決されることではないでしょうか?
その「天皇の誤解」を解く鍵が「天皇の戦争責任問題」にあることは周知のことと思います。

昭和六十三年十二月七日、本島前長崎市長が「天皇に戦争責任があると思う」と発言しました。
この発言は日本のみならず海外にも大きな反響を呼び起こし、僅期間に七、三00通もの手紙が寄せられたのです。

しかし、驚いたことに七、000通近くが「本島市長は正しい」という意見でした。
その中には「あの状況下で己むを得なかったと思うが、開戦の詔書に最終承認された以上、戦争責任は免れない」といった
趣旨の意見も多く、天皇に好意を持ちながらも戦争責任はある!と考えている人が相当数含まれています。
これが実は圧倒的大多数で国民の本音のようです。

そこで新世紀を目前にした世紀末といわれる今このとき、
この問題にも誰もが納得できる明快なる決着をつけねばならないと考えます。

昭和天皇は、開戦の詔書に御自ら「まことに己むを得さるものあり。豈朕が志ならむや」と書き加えられました。

この「まことに己むを得さるものあり」の大御心の真意を明かすことによって
鮮やかに「天皇の戦争責任問題」が解決されるのです。

すなわち、昭和天皇の開戦のお赦しとは「まことに己むを得ざるものあり」のためであり、
一つの「まことに己むを得ざる」事情と、人間知の善悪を超越した二つの排除すべき「まことに己むを得ざる」重要課題が
あったということであります。

その一つの事情とは、当時の軍部とマスコミの煽動による全国民の「鬼畜米英打倒」の開戦賛同の圧倒的世論でした。
これを立憲主君たる天皇が拒否すれば専制君主(独裁者)となってしまうのです。
しかし、国民の総意を尊重して最終決定を下したとはいえ、その全責任は自分にあるとのお覚悟から、爾来四十八年間、
一人の国民も責められず、一言の弁解もなさらず、崇高なる道徳見地に立たれ、戦争責任を自覚しつづけられ、
昭和六十四年一月七日、崩御されました。昭和天皇の戦争責任問題は霊界に移行された以後今日に至るも
依然としてそのままで放置されているのです。

日本国民として、ここで気づくべき重要事は、昭和天皇がとられた戦争責任とは、いわゆる逃げられない低次元の法的・
政治的実質的責任ではなく、人間として最も尊い心掛けである高次元の道徳的責任だということであります。
そして、その道徳的責任は、先帝が一命を捨てきる覚悟で実行された「終戦の御聖断」と、マッカーサー元師の前に出向かれ

「戦争の全責任は自分にある!」と明言され、マ元師をして「われ神を見たり」とまで感激させた至尊の行為によって、
日本国と日本国民が救われたのであり、ここに見事に立派に果たしておられたということであります。

それゆえに、今こそ日本国民であるかぎりは確と覚醒せねばならない重大事があります。

それは、開戦の詔書に「豈朕が志ならやむや」と述べられているごとく、最初から戦争をなさるお気持ちが全然なかった
昭和天皇を開戦に追い込み極限の苦悩を与えた者の責任はどうなるのか?という、国民の側に残されている先帝に対する戦争の
道義的責任についてであります。

 次に、二つの排除すべき重要課題について申し上げましょう……。

その一つが、五00年間に及んだといわれる白人の植民地支配からアジア諸国(有色人種)を解放し独立させることでした。

大東亜戦争の大義名分は「八紘為宇」と「大東亜共栄国」でありました。この大義名分を信じたからこそ英霊や日本国民は
一丸となった一命を賭して戦うことが出来たのです。その結果は、その目的を見事に成し遂げていました。
戦後、白人に植民地支配された期間の僅かな10分の
1、五十年ばかりでアジア諸国の奇蹟的繁栄がそれを証明いたしております。

さらに今一つが、今日まで誰一人としてきづかなかった深く秘められていた天意だとしか言いようのない
「毒をもって毒を制する」日本の軍国主義の完全崩壊ということにあったのであります。

つまり、日本の軍国主義の巨大なエネルギーを、アジア解放に活用すると同時に世界に魁て日本自身の軍国主義を滅亡させる
率先垂範を示すということにこそ、昭和天皇の「開戦の御承認」の「まことに己むを得ざるものあり」の最も重要な真意が
あったということです。

これが成されぬかぎり、神武天皇の肇国以来定まっている日本の率先天命「八紘為宇=地球一家」が達成されようはずがなかったのです。

そこに、昭和天皇は「敗戦」とは仰せられず、戦争の価値は終ったという意味の「終戦」と断定され、
それを「御聖断」と言う深き所以があるに違いないのです。

そして、昭和天皇は再び断じて戦争を繰り返してはならないと決意され、またあの膨大な恐ろしくも尊き戦争犠牲者を絶対に
無駄にする事のないよう、真の慰(救)霊のためには、永遠に崩れぬ盤石の″万世太平″を実現することであると熱願され、
日本国の憲法に「戦争の放棄」を定めることをご発想されました。その大御心を幣原首相とマッカーサ元師が大感激で受け止め、
マ元師は自分が何としても叶えてあげたいと強引に押しつけ誕生したのが、
世界最初唯一の「憲法九条=戦争放棄」の条文であったのです。

ここに戦後日本は、憲法に「戦争放棄」を誓った絶対平和の国是と、
自由と平等と人権を尊重する民主主義国家に生まれ変わることができました。

 その恩恵を最大限に被っているのが、不思議なことなのですが、
実は終戦以来今日に至るも反「天皇=日の丸=君が代」を声高に叫んでいる人達であります。

 この大矛盾に目覚めるとき「天皇=日の丸=君が代」への「怨念」は「恩念」に大変貌し、
「日の丸・君が代」問題は完全解決に至るでしょう。

 本年は世紀末と言われる問題の年西暦一九九九年です。今このとき、日本国民はここに明かした「天皇の真実」に目覚め、
長年の不忠をお詫びし、大恩を感謝し、その報恩を実行せねばならないのです。

 そうせぬかぎり、国民の側の道義の道が定まるはずがありません。今日の日本の目を覆いたくなる国民の道義の退廃は、
無知による天皇への大不忠を継続しつづけているところにあることに気づいて下さい。

 その感謝報恩の実効ですが、あの大東亜戦争に際し、昭和天皇は、

   身はいかに なるとも いくさ とどめけり

         ただたおれゆく 民をおもいて

と、一命をすてる覚悟で″終戦″をご決断くださり、日本を救ってくださったのですから、
今度は日本国民が一命を捧げる覚悟で、天皇の大御心「戦争放棄=万世太平(八紘為宇)の達成に向けて
一致団結して全身全霊を傾注することをお誓いすることであると確信いたします。

 今こそ、神武天皇が二六五九年前、日本を建国されたとき定めておられた
「八紘為宇=地球一家」の国是を復活させ明確化すべきであります。

 この具体化が、昭和天皇の御熱願を全面的に受け継がれた今上天皇が即位大典で明言された
「憲法順守」の大御心
(大詔)正しく順守(承詔必謹)する憲法一条と九条を同等に尊重しむすんだ
「天皇絶対平和(八紘為宇)」の国是を確立することでございます。

 欺様な日本の全国民が共通して目指す高い理念の国是が確定されれば、自然に国民意識が高次元に発酵(八紘)し、
内憂外患ことごとくが見事に解決され、二十一世紀を人類光明の新時代とする
真実の救国救世(八紘為宇)実現への大道が開かれてまいります。

 このことは、昭和天皇の珠玉の箴言、「武器を手にしては平和問題は解決しえない。
真の平和は自由なる人民(民主主義)の協力一致によってのみ達成される」(朝日新聞・
20929)の実行となるのでございます。

 こうしてこそ、日本国民が昭和天皇に対して、
終戦以来今日まで気づかずに放置してきた戦争の道義的責任を立派に果たすことになります。

 この瞬間からおのずと国民意識が高次元に引き上げられてゆき、遠き昔から神国といわれてきた日本の本然の姿、
いわゆる道義立国の臣民の真姿(神の子人間)が急速度に復興してくるに違いありません。


平成十一年九月吉日

文責・天皇の真実を知る会会長 河 内 正 臣


           
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